前回の回答は、
筑州住左行秀/嘉永五年八月日でした。
特徴:左行秀は文化十年(1813年)前国上座郡朝倉星丸村に生まれ,豊永久兵柄と称し筑前左文字末と称し号を東虎
と言う、江戸に出て清水久義門に入り弘化3年には土佐に戻り安政3年に土佐藩工となる。文久2年秋に江戸の砂村の藩
邸に移住し明治初年再び土佐に返る、明治20年76歳で亡くなる。
以前山之内容堂の差料であった左行秀を拝見した事がありました。 鍔が信家の最高傑作品がついておりました。
再度は意見 したい見事な作品でした。
詳細な左行秀に関しましては日本刀大百科事典 福永酔剣先生の名著(第5巻)に記載されております 大変面白く
書かれておりますので興味のある人は読んで見ては如何でしょうか
左行秀は左と銘を切りますが遠く左文字をに私淑して匂口の深い互の目乱れ又は直刃出来の井上真改を思わせる
作品は一貫して制作している。 匂口の深いのたれ刃紋は愛刀家垂涎の作品で明治9年以降は廃刀令の為刀剣制作を
断念し父子で刀剣商と研磨で食いつなぎ最晩年には外国人相手と商売をしていたとされている。
本作は長寸で見事な地金と刃紋の作品で切先がのびた体配の鋭さのある作品であります。
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第443回:今回の鑑定 誰でしょうか?(平成29年6月17日)
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ヒント ※画像をクリックすると拡大します。
ヒント
刃長:71.8センチ
反り:1.8センチ
目釘穴:4個
元幅:2.68センチ
先幅:1.87センチ
重ね:0.58センチ
体配:摺上げ無銘でありますが腰反りが強く先にいってうつ伏せごころとなり平安時代の体配を良く
あらわしほぼ生茎の状態を未だに保っている。
地鉄:小板目肌の杢目肌が混じり地錵が微塵に付き細かな地景が入り映りが良く現れる。
鎬地:平地と同様にも汲め肌に板目が混じり平地と地金が続いており無垢鍛えである事が分かります
刃紋:小錵出来で小丁字乱れが連なり足が良く刃入り匂口やや深めとなり刃中、細かな
砂流、金筋が良く働く。 帽子のたれて焼詰風となる
ほぼ生茎の状態を保っておりますが無銘であります。
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回答は次回の鑑定会コーナーで発表致します。
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(弊社都合により鑑定コーナーに関するメールには返信できませんのでご了承ください。)