前回の回答は、
應松山藩峰屋政世需 美濃國御勝山麓住藤原永貞/於東都青山文久二年八月作之
でした。
特徴:永貞は、文化 六年(1809年)に岐阜で生まれ冶一郎と称し美濃の刀工として、美濃國赤坂千手院の門人で本名を松井治一郎と称す。引化、嘉永頃江戸に出て大慶直胤にも指導を受け、後に江戸青山に住し鍛刀の研究をした後、紀州徳川家の御抱え鍛冶となる。本国の美濃御勝山麓、江戸で制作した時は鍛刀した場所であった江戸青山、又美濃の伊勢田丸、と銘を切り分ける。
美濃國御勝山麓住と称する様に関ヶ原の戦いで徳川家康が指揮をとった場所といわれ永貞の銘に美濃國御勝山麓とわざわざ切る強いこだわりを見せている。
明治2年61歳で亡くなるがかなり評価の高い刀工であります。
應松山藩峰屋政世需と注文銘を切るが備中松山藩の侍であったと考えられます。なを永貞は一般の評価はかなり高く多くの刀が重要刀剣に認定されております。 本作は永貞の傑作刀で瑕欠点が無く特に地金が良く体配の良い作品です。 是非御薦め致します。
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第264回:今回の鑑定 誰でしょうか? (平成25年10月18日)
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ヒント ※画像をクリックすると拡大します。
刀
刃長:69.6センチ
反り:2.6センチ
目釘穴:2個
元幅:3.42センチ
重ね:0.56センチ
体配:身幅広く、重ねやや薄く、平打ちで、反りの深い、体配の良い刀。表に素剣と独鈷。裏に梵字、見事に彫られている。
地鉄:小板目に杢目が交じり、地沸が良く付き、細かな地景が入って、最上の見事な地景となる。地に映りが表れる。
刃紋: 小沸出来、直刃、小乱れ調に、足良く入り、物打ち近辺から足、葉がまじり、帽子先、尖りごころに返る。
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回答は次回の鑑定会コーナーで発表致します。
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